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Cynthia Street 2005年12月の伝言板

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紅白で「17才」 投稿者:トナカイ  投稿日:12月31日(土)22時44分49秒
 紅白歌合戦で「17才」が歌われました。午後9時半頃から、
戦後60年を振り返るみたいな感じで、歌の途中で趣向を
凝らしたミニイベントが行われました。

 10時少し過ぎから、70年代の歌謡曲が歌われました。
「17才」「年下の男の子」「UFO」「プレイバックPart2」
「ヤングマン」「セーラー服を脱がさないで」と歌われました。

 「17才」は、女性歌手二人が歌っています。時間で30秒
くらいでしょうか。歌の時に背景には、幅5mほどのブラウン管を
模したスクリーンがあり、当時の世相が映し出されました。

 銀座の歩行者天国や原宿の竹の子族などで、歌っている歌手
などの映像は流れませんでした。

 しかし、まさか「17才」が流れるとは思いませんでした。

クリスマスパーティ、参加ありがとうございました。 投稿者:トナカイ  投稿日:12月31日(土)22時43分44秒
 今年も盛況でした。参加した皆さん、ありがとうございました。
後で書き足します。

残念 投稿者:TANAK  投稿日:12月25日(日)02時08分12秒
昨日はクリパ行けなくて、大変残念でした。
今年は、田山さんのライブを聴けて(くじで1等も当たった
し)おでん食べられなくても、大変充実していました。皆様に
感謝いたします。

ひとこと、お礼とお詫び 投稿者:蟹座  投稿日:12月24日(土)13時04分42秒
蟹座です。この場を借りて一言申し上げたいことが
あります。
昨夜のクリパの席上で、拙書「昭和ロボット漫画館」を
トナカイさんに紹介・販売してもらいました。
本書は、申し訳程度に「シンシア」の名前が出ています
が、ご本人や70年アイドルとは無関係な本です。また著者
本人が欠席して第三者が紹介する、それ以前に、シンシア
ファンの集まりにいわば私的な商行為をすることに、
違和感をもたれた方もいらっしゃるかもしれません。
先週、今回のクリパに欠席のメールをトナカイさんに
送った際、そこから話が拙書に及び、彼が好意的にクリパで
紹介しようと言ってくれて、私が言葉に甘えた次第です。
お買い上げ下さった方にはお礼と、不快に感じられた方に
お詫びを申し上げたく投稿しました。

クリパ報告 投稿者:KINDO  投稿日:12月24日(土)10時36分37秒
クリパ(Xmasパーティー)にご参加頂いた方
ありがとうございました。簡単ですがそのご報告をいたします。
宴の開演は午後4時、解散は午後10時でした。毎回ですが、
クリスマスと言いながら、会場は純和風の「おでん屋さん」と
いう変わったパターンでした。と言うのも事の発端は、30年前に
シンシアが食べたその「おでん屋さん」が最初でした。それから
何故か30年間、この季節になると「おでん」が恋しくなると
いう病気がおさえられなくて、その病におかされたサオリストが
集うようになってしまったのです。
今回は昨年好評だった、懐かしい秘蔵ビデオなどを6時間
ぶっ通しで、大型スクリーンに放映しました。初めて見る映像も
あって感動した参加者は、おでんの存在を忘れるほどでした。
と言ってもサオリストには飲兵衛が少ないので、もっぱら食い気に
はしる者ばかりで、結果おでん鍋の数は合計16鍋でした。店員
さんに聞くと1鍋5人前だそうですから、計算すると80人前
(19名で)をたいらげたことになります。さらにラストオーダーで
お茶漬けをサラサラっと頂きましたので、参加者全員お腹も満腹、
目でもシンシアの映像を満足したことになり、有意義な時間を
過ごせたと思います。ゲップ、世は満足じゃ〜!
お楽しみとして参加者へKINDO特製のアラーム付き置き時計
(シンシア人魚バージョン=全員)と掛け時計(不○家Joie
シンシアバージョン=6個)をプレゼントいたしました。来年も
違うバージョンを企画したいと考えております。
尚「青春の絆17-04号」の途中経過も披露しました。現在も
順調に進めております。来年の発行をお楽しみにしてください。
ヨロピク。
参加者/NM氏、YS氏、KS氏、NK氏、BKさん、KRさん、
KT氏、TK氏、Mr.TONAKAI、SK氏、KT氏、KT氏、
OT氏、BOSS、TT氏、Mr.MIKIちゃん氏、ジャスミン
さん、KINDOの19名
PS会報-03号で少しふれました妄想恋愛体験できる映画
「ローマの休日」’53米が、本日フジTV系で21:30〜
放映されます。まだの人は録画を忘れずに。

クリパありがとうございました 投稿者:ビタミン  投稿日:12月23日(金)23時37分27秒
本日のクリパに参加させていただきありがとうございました。
久しぶりの17会の行事への参加で楽しかったです。
頂いた時計は、早速稼動させております。

画像投稿テスト 投稿者:u3  投稿日:12月23日(金)14時48分53秒
画像投稿テスト

写真館に写真追加 投稿者:KINDO  投稿日:12月23日(金)12時25分20秒
22日写真館に新たな写真が12カット追加されましたよ。u3、
サンキュ! クリスマスバージョンのバナーの元になっている
写真も見られますよ。久々の更新ですね。でもいつ見ても
新鮮な気持ちになれるっていいですね。すぐに、写真館を
覗いてシンシアの魅力で今夜は寝られなくなっても知りま
せんから…。そのつもりで覚悟していってらっしゃい!!

昨日のラジオ深夜便 投稿者:K.H  投稿日:12月21日(水)18時07分49秒
 21日早朝の3時から、NHKのラジオ深夜便で70年代
アイドルの特集がありました。小柳ルミ子「私の城下町」
郷ひろみ「男の子女の子」桜田淳子「わたしの青い鳥」
野口五郎「私鉄沿線」天地真理「水色の恋」ときて、
シンシアの「17才」水沢アキ「娘ごころ」この辺から
順番があやしいですが、城みちる「イルカに乗った少年」
片平なぎさ「純愛」大場久美子「スプリング・サンバ」
麻丘めぐみ「芽ばえ」という内容だったと思います。
最近特集のあった山口百恵や岩崎宏美は外したようですね。
 アンカーの須磨佳津江アナが各歌手のデビュー当時の
エピソードなどを話してましたが、シンシアについては、
沖縄のテレビに出ていて、ヒデロザのマネージャーが…
とか耳タコの内容でした。それに、出身地を奄美大島だ
などと言ってましたよ。ただ有馬さんが「誰もいない海」と
書いた舞台は、山口県の富海だという事には触れていました。
(例の本を読んだのでしょうか)

クリパ 投稿者:Takashi  投稿日:12月20日(火)18時23分20秒

久しぶりに書き込みをします。
2000年と2001年にクリパに参加させていただいた
名古屋のTakashiです。
この時期になるとクリパのことを必ず思い出します。
あれはすごかったなぁ。
70年代に完全にタイムスリップグリコでした。(^^;)

今年は無理ですが、またいつの年か参加させてください。

クリスマスバージョン有難うございます 投稿者:気分はセブンティーン  投稿日:12月14日(水)00時40分25秒
この頃、シンシアはよくこういう感じのエプロンドレス
着てましたよね。この衣装は、1974.11.1発売の
『南沙織 ヒット全曲集』と同じ衣装みたいですね。この
アルバムジャケットにシンシアと一緒に写ってらっしゃる
幸運な方々は、今どうしてらしゃるんでしょう。ここを
見てらしたら、一言、当時の撮影秘話等をカキコして下さいな。
待ってま〜す!

Re:シンシアのクリスマス 投稿者:ユウサン  投稿日:12月13日(火)21時37分36秒
 そうでしたか、私の思い込みでした、でも楽屋へ入れた事が
うらやましい、コンサートは数え切れないほど行きましたが
楽屋へ行けるものなら行きたかったです。

クリスマス用バナー写真 投稿者:KINDO  投稿日:12月13日(火)02時57分29秒
Cynthiaのバナー写真を楽しみにしておられるサオリストの
みなさんへ。Xmasバージョンの写真の詳細をちょこっと書きます。
時は1974年10月19日、飯田文化会館の楽屋での写真です。
この日も我々に素晴らしい笑顔を見せてくれました。手に持って
いるボードはXmas用にCG処理しておりますが、オリジナルは
彼女の写真パネルです。それにサインをしてもらった時の写真と
いうのが真実です。これから、間もなく本番をむかえるというのに、
ファンとの交流を快く受けてくれた彼女に、大人の余裕さえ感じる
ようになったのを見ていると、「人見知りする性格」がまるで
ウソのようでした。さすがプロだと感じました。(BOSS/撮影と談)

シンシアのクリスマス 投稿者:ユウサン  投稿日:12月12日(月)23時02分54秒
 新しい写真のアップありがとうございます。服の感じから
するとデビューして間もない頃の写真ですね、まさにCynthiaの
クリスマス。明日朝の天気予報は当地では雪景色だそうです。
そんな季節になったんですね。

田山雅充さんのライブ ! 投稿者:がんちゃん  投稿日:12月08日(木)23時21分0秒
田山雅充プロモートチームの がんちゃん です。

夏には、“「人恋しくて」発売30周年記念イベント”で、
楽しいひとときを皆様と一緒に過ごさせて頂き、ありがとう
ございました。

さて、来週12/17(土)19:30〜東京「銀座モナリザ」
で、「人恋しくて」等多数のシンシア作品の作曲でお馴染みの
“田山雅充さんの今年最後のライブ”があります。

料金は4000円で、ビール・ワイン、各種ソフトドリンク付
(お替りOK)です。

当日はシンシアに提供した数々の作品や、当時のアグネスチャン、
中森明菜などのアイドルに提供した作品なども聴けるかも
しれません(リクエスト可)。

尚、今回は 岩崎宏美「摩天楼」、太田裕美「青空の翳り」、
レイジー「MIDNIGHT BOXER」などの作曲者としても知られる
実力派ミュージシャン“濱田金吾氏”のサポート演奏付ですし、
夏のイベント とは、また違った魅力もあると思われます。

詳しくは田山雅充さん公式HP 又は 私あてメールで
お問合せ下さい(予約制・・もうすぐ満席)。

熱いシンシア・ファンの御参加お待ちしております。
http://www.h3.dion.ne.jp/~bagus_y/

こっ、これはっ 投稿者:海田  投稿日:12月08日(木)08時51分12秒
http://page2.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b62853759
↑名前はないけど、シンシアですよね。
46年の10月といえば「潮風のメロディ」の頃でしょうか。
こんな髪形をしていた時期もあったんですね。いや、かつらかな?

音楽プロデューサーで初「酒井政利氏に文化庁長官賞」 投稿者:トナカイ  投稿日:12月07日(水)21時34分58秒
 音楽プロデューサーの酒井政利氏(65)に「平成17年度
文化庁長官賞」が贈られる。音楽プロデューサーが同賞を受賞
するのは初めて。文化庁では、J−POPの確立と地域の音楽
文化の発展に対して優れた成果を発揮したことを受賞理由に
挙げている。

 酒井氏は、青山和子「愛と死をみつめて」とジュディ・オング
「魅せられて」で2度の「日本レコード大賞」を受賞。また、
郷ひろみ、南沙織をはじめ、山口百恵、太田裕美、天地真理、
松田聖子などを育て、70〜80年代の歌謡界をリードした。

 酒井氏は「来年の音楽生活45周年を前に、大きな賞を頂ける
のは励み。受賞を糧に今後はプロデューサーの育成に情熱を
傾けたい」と話している。

 (夕刊フジ12月8日号-No11113-C版15面より)

ジャニス・イアンさん 投稿者:そらまめ  投稿日:12月04日(日)22時48分2秒
ウシオさん、TAKAKさん、トナカイさん、懐かしいシンシアの
情報ありがとうございました。
楽しく読ませていただきました。
ジャニスさんが日本に来てコンサートをやった話と、シンシアが
ジャニスさんのコンサートを見に行った話は、当時の雑誌で
読んで知っていましたが、一緒に食事をされたときのエピソードが
聴かれ 嬉しいです。
一つ思い出したのですが、当時の雑誌に書かれていた記事でしたが、
シンシアがジャニスさんのコンサートを見に行き、今度は、ジャニス
さんがシンシアのコンサートを見たいと申し出たそうですが、
シンシアは「ない」といってジャニスさんは、シンシアのコンサート、
見ることもなくお国に帰られたそうです。実は、あったんですよ〜!

お正月が近づく頃 思い出すのが「新春オールスターかくし芸大会」の一コマ。
きれいに着飾った女性陣、琴を披露するようです。
静かに伴奏が始まってまもなく 何かが飛んだ!
そう、シンシアの指から飛んでいったものでした。
(琴をやる時で音を出す時、使う道具ですが名前がわかりません)
懐かしいな〜!あの頃の映像、大人になった自分の目の感覚で
もう一度ゆっくり観てみたいです。

ベスト・オブ・ジャニス・イアン1 投稿者:トナカイ  投稿日:12月04日(日)22時34分6秒
 The CD Club 2006.1(No169)P10-11 今月の推薦盤 ポップ/ロックコース

 「スーヴェニアーズ〜ベスト・オブ・ジャニス・イアン 1972-1981」

 <ラブ・イズ・ブラインド(恋は盲目)><ウィル・ユー・ダンス>などジャニス・イアンの代表的ヒット曲を集大成

 湯川れい子

 『40年にわたる音楽歴 現在もパワフルに活動』

 昔、ジャニス・イアンの歌に、私は青磁の一輪挿しに活けられた
白い百合の花でも見ているような、ひっそりとしたイメージを
持っていた。

 でも、今は違う。自ら数奇な運命を選び取って生きている、
実にダイナミックな女性だ、と思う。

 いちばん近いところでは、2004年の7月に、渋谷のライヴ・
ハウスに出演していたジャニスと逢って、つもる話に花を咲かせた。
小柄な身体は活力に溢れ、エレキ・ギターのエフェクターを
あやつりながら、緻密でパワフルな歌を聴かせてくれたのだった。

 1951年4月7日、ジャニスはニュージャージーのニワトリ
農家で産ぶ声を上げている。ユダヤ系の移民の3世だが、父は
ほどなくして学校の教師となり、母親は大学で働く知的な環境で
育ったという。

 そして、幼い頃から正義感が強かったジャニスは、10歳の時に
初めて詩を書き、11歳でギターを弾くようになり、13歳で
クラブで弾き語りを始め、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジで
歌うという、恐るべき才能を発揮する。

 この頃、父親の仕事の関係で、ニュージャージーとニューヨークを
転々としていたジャニスは、高校2年でハイスクールをやめると、
音楽とアートを専門とす
るニューヨークの学校に入学。本格的に音楽活動を始めて、16歳の
時には、社会的なセンセーショナルを巻き起こした<ソサエティーズ・
チャイルド>を大ヒットさせている。

 そして現在54歳、音楽歴は、すでに40年。今はナッシュヴィル
に住んで、近年では<<ビリーズ・ボーンズ>>のような、強い影響を
受けたというビリー・ホリデイへの想いをタイトル・ソングとした
優れたアルバムもあるし、近年のライヴを収録したDVDや同名の
<<LIVE AT CLUBCAFE>>といった、魅力に溢れたアルバムもある。

ベスト・オブ・ジャニス・イアン2 投稿者:トナカイ  投稿日:12月04日(日)22時32分57秒
 『10年間のヒット曲を網羅 タイトル通りのベスト・アルバム』

 今月ご紹介するこの<<スーヴェニアーズ〜ベスト・オブ・
ジャニス・イアン>>は、そのタイトル通り、74年の<スターズ>
に始まって、75年の<17歳の頃><冬の部屋>、76年の<ラブ・イズ・
ブラインド(恋は盲目)>、77年の<ウィル・ユー・ダンス>、78年の
<ドゥ・ユー・ウォナ・ダンス>、79年の<フライ・トゥ・ハイ>、
81年の<パッション・プレイ>、84年の当初はオースト
ラリアのみで発売された<メカニカル・テレフォン>とまさに
23歳から33歳までの10年間にジャニスが放った、最も
代表的なヒット曲ばかりを集めたアルバムになっている。

 ここには、実は激しいけれど、秘めやかなイメージを
持っていたジャニスから、結婚〜離婚を経て、少しずつ
たくましく、パワフルに変化していくジャニスがいる。
そんな人生のプロセスをたどる途中の彼女にも何度か
逢って、信頼していたマネージャーに全財産を盗られて、
税金という莫大な借金だけが残った、という話を聞いた
日にも、別れ話に泣いた夜もあった。

 でも、今はパトリシアという女性と正式に結婚。彼女
との間に養女と入籍して孫もいるという。そして「今は
すっごく幸せよ!」と率直に語る、一筋縄ではいかない、
豊かな人生経験と魅力を持ったアーティストなのだ。

The CD Club 2006.1(No169)が正しいです 投稿者:トナカイ  投稿日:12月04日(日)21時34分41秒
 下のThe CD Clubの会報の発行月は、2006年1月号でした。
訂正します。

 シンシアインタビューのジャニス・イアンの記事が載った
のは、ジャニス・イアンのベスト盤が発売されるのので、
タイアップ企画のようです。

 The CD Clubのポップ/ロックコースの今月の推薦盤が
ジャニス・イアンのベスト盤です。

 「私に重なったジャニスの歌」には、ジャニスの白黒写真が
二葉載っています。他にシンシアの写真も最後に載っています。
10円切手ほどの大きさのカラー写真です。

 記事の最後にシンシアのプロフィールも載っています。

 南沙織
 歌手。鹿児島県生まれ、3歳で沖縄に移る。上智大学卒業。
昭和46年のデビュー曲となった<17才>は3ヵ月で
40万枚という大ヒットとなった。たくさんのファンに
「シンシア」の名でも愛されたが、53年、24歳で惜しまれ
ながら歌手を引退。写真家の篠山紀信と結婚する。昭和46年、
日本レコード大賞新人賞、昭和50年、同大賞歌唱賞を受賞。

 The CD Club:http://www.cdclub.jp/

『波瀾万丈』に小柳ルミ子 投稿者:トナカイ  投稿日:12月04日(日)11時14分49秒
 『波瀾万丈』(日本テレビ系、毎週日曜日9:55〜10:55)と
いう番組があります。毎週一人のタレントがゲストで来て
その半生を綴るドキュメント番組です。

 今日のゲストは、小柳ルミ子さんでした。日本歌謡大賞の
映像が流れました。「私の城下町」を歌う姿がアップで流れ
ました。彼女を左側の少し下から映しています。画面ほぼ
一杯のアップです。ルミ子さんの右側に真っ黒いものが
見えます。おそらくシンシアの髪と思います。

 歌手の時代はさっと過ごして、三人娘の話などは何も
ありませんでした。ちなみに「私の城下町」の映像、後でも
ほんの少し同じショットが出てきます。

日音の社長回顧録 投稿者:TANAK  投稿日:12月03日(土)21時26分11秒
既出かもしれませんが、検索してたらひっかかりました。
2002年の8月のインタビュー記事ですね。
「筒美京平、安井かずみ、南沙織…日音での貴重な出会い」
http://www.musicman-net.com/relay/29/a_4.html

The CD Club 2005.1(No169) 投稿者:トナカイ  投稿日:12月02日(金)13時05分4秒
情報ありがとうございます。私も会員で会報は持っていた
のに読んでいませんでした(^^;)

シンシアのインタビューは大きく3つの見出しで構成されています。

“私に重なったジャニスの歌”
『窓辺に立って通りがかりの人に歌いかけていた子供時代』
『ジャニスにもらった<哀しい妖精>は今でも私の持ち歌です』
『ジャニスはとても繊細で志の高い人』

 子供時代を語った文中で、「キャンプ」というのは米軍
キャンプ(米軍基地)の意味と思います。「門に入ったら
日本語禁止」は、アメリカンスクールのことと思います。

私に重なったジャニスの歌1 投稿者:トナカイ  投稿日:12月02日(金)13時02分42秒
The CD Club 2005.1(No169) P42-44
Janis Ian 私に重なったジャニスの歌

ジャニス・イアンの歌。
聴く人によっては、暗い歌かもしれないし、哀しい歌かも
しれない。でも、強い歌。やさしい歌。それは、彼女が
まぎれもない真実を歌っているから。ジャニスに作曲を
してもらったことがある南沙織さんが、特別にインタビュー
に応じてくれた。

南沙織(歌手)

私に重なったジャニスの歌2 投稿者:トナカイ  投稿日:12月02日(金)13時01分38秒
『窓辺に立って通りがかりの人に歌いかけていた子供時代』

 私は物心ついた時から歌うのが好きで、それも人前で歌う
のが特に好きだったようです。昔、家の道に面した窓から、
マイクを持つように何か持って、通りがかりの人に歌いかけて
いたみたいです。

 だから学生時代もずっと合唱部でした。それも学校の中の
合唱部じゃなく、キャンプの中にある教会の合唱団みたい
なのに入って、ミサの中で歌う音楽とかゴスペルを歌って
いましたね。

 <17才>でデビューして、本当はその時まだ16歳だった
けど、曲がヒットしたおかげで、小柳ルミ子さんや天地真理
さんと「3人娘」などと言われてあちこち飛び回りました。
英語の歌も歌ったので3人の中では私はポップス系とも言われ
ましたが、子供のころから“門を入ったら日本語禁止”という
環境でしたから、英語の苦労はありませんでしたし、“沖縄
からやって来た太陽の申し子”みたいに言われてテンポの
速い明るい曲を歌うことが多かったです
ね。

 でも私の本質は、正直言って、明るくはないと思います。
性格的にはジャニス・イアンさんと似ているかもしれない。
ですから彼女のいわゆる大ヒット曲<17歳の頃>とか
<ラブ・イズ・ブラインド(恋は盲目)>とかを聴いて
とても惹かれました。声がきれいなんですよね。それに詞が
素晴らしいんです。私も<17才>でデビューしました
ので、そんな意味でも興味がありましたが、彼女の<17歳の頃>
っていうのは、すごい17歳を振り返ってるんですね。
彼女の内面が全部出てますよね。10代の成長していく女性
としての、何て言うのかな、物事を見ていくっていう、そう
いうのが全部出てるなぁって思います。歌が自然に入って
きちゃうんです。

 それで、彼女の歌を歌いたいなと言ったら、レコード会社
のスタッフの方が連絡を取ってくれて、私のそんな気持を
ジャニスに伝えてくれたんです。彼女は大変好き嫌いが
激しい人らしいんですが、気にいっていただけたようで、
トントン拍子に話が進んで、私に6曲作ってくれました。
それでアルバム<<ジャニスへの手紙>>を出しました。
彼女の歌のカバーではなくて、私のためのオリジナルです。
あのころは彼女の一番いい時ですよね。一番忙しかった時
だと思うから、急な頼みなんかなかなかやってもらえない
はずなんです。だからとても嬉しかった。

私に重なったジャニスの歌3 投稿者:トナカイ  投稿日:12月02日(金)13時00分25秒
『ジャニスにもらった<哀しい妖精>は今でも私の持ち歌です』

 ジャニスにもらった6曲の中の<哀しい妖精>という
曲が大好きでシングルでも出しましたし、今でもよく歌い
ます。カラオケでも必ずといっていいほど歌いますね。
この曲は、何かピッタリくるんです。とっても好きですね。

 ジャニスの歌は詞がいいし、とても歌いやすいのでコン
サートではよく歌わせていただきました。でも彼女の曲は、
彼女のあの声でなきゃダメな部分ってありますね。特に
<17歳の頃>とか<ラブ・イズ・ブラインド(恋は盲目)>なんて、
とにかく普通の声では無理なんですね。彼女のあの声が
あってこその曲だと思います。

 ジャニスとは、そういえばホテルニューオータニの
すごく眺めのいいレストランでお食事したことがあります。
二人だけで。曲を作ってもらった後で、彼女がコンサート
に来てたのかな、関係者抜きで二人だけでした。

 あまりにも緊張して何を食べたかどんな味だったか
覚えていませんが、彼女はワインがとても好きで、
高いワインを注文したのを覚えています。私もまだ
若かったし、ワインは飲んではいたけれど、なんと
いう名だったか全く記憶になくて、でもとてもおいしい
ワインでした。

私に重なったジャニスの歌4 投稿者:トナカイ  投稿日:12月02日(金)12時58分22秒
『ジャニスはとても繊細で志の高い人』

 彼女は、明るいか暗いかなといったら暗い方だと
思います。でも、メジャーな声ですから、暗いと
いっても、メジャーな暗さっていうのかな。そんな
ジャニスの声が美しいメロディや素晴らしい詞と
あいまって響くんです。

 <17歳の頃>は、恋愛というものは綺麗な女の子に
訪れるもので、そうでない子には訪れないんだと、
17歳で知ったっていう詞なんですが、でもね、綺麗
なんですよ。ひねくれていないんですよ。言っている
ことはものすごく何かこう、あまり希望がもてない
ような感じがするんですけど(笑)。でも、あの音楽
すごく理解できるんです。

 愛に飢えている人なのかなって、実際会っても、
そういう感じがしました。ストレートな人だけど、
繊細で、人に愛されたいっていう気持は大きい人かな
って思います。繊細なんだけれど、はっきりしている。
志が高い人。いろんな面で妥協しない。物事を見抜く
っていうか、人を見分ける、そういう面も優れてる。
だからジャニスとの会食は、あんまり居心地のいい
食事じゃなかったですね(笑)。

 <哀しい妖精>も、どちらかというと、失恋する
哀しい女の子の気持を歌ってるんですが、そのような
分野では彼女はピカイチ、天才だと思います。中島
みゆきさんの詞と相通じるものがあると思いますが、
何かテーマは似ているようでいて、そのアプローチが、
中島みゆきさんはすごくいろんなパターンがあります
けど、ジャニスはメジャーな、何ていうのかな、綺麗
なんですよね。描き方が。

 ジャニスは音楽にもストレートですね。やっぱり
アーティストだなっていうか。私とは立場が違うな
って思いました。彼女はピアノもできますし、ギター
もできるし、詞も書くし、歌も上手いし。やっぱり
天才ですよね。私は他人が作った作品を表現するだけ
でしたので、そこに結構ギャップあるって思ったん
ですね。
ジャニスの立場と私の立場では大きなギャップが
あるなって、物事の捉え方とかに。

 私はピアノも弾けないし、ギターも弾けないし、
作曲もしないし、詞も書かない。彼女はそれを不思議
だって私に言ったんです。そういうことをしないで
音楽をできるっていうことが不思議でしょうがない
って言われたんです。

 それでもジャニスの歌を歌ったり、彼女と話したり
して、実を言うと私の歌う曲が暗くなってたんですね。
もともと同質のものがあったんでしょうね。少しずつ
静かな曲に変っていってたかな。自分の内面が出る
ような感じで。

 ジャニスの曲は時代を感じないんですよ。だから
今でも歌うんです。きっと歌いやすいから、無理が
ないんでしょうね。(談)

Text by 編集部

最新インタビュー:私に重なったジャニスの歌 投稿者:ウシオ  投稿日:12月01日(木)00時20分38秒
大変ご無沙汰しています。

ソニー・ミュージックダイレクトで運営している
「THE CD Club」という会員制のCD通販ショップが
毎月会員向けに発行している会報の最新号に、
南沙織さんの最新インタビューが掲載されています。
『THE CD Club』からジャニス・イアンのベスト盤が
発売されたための企画なのですが、3ページに渡って
ジャニスと南沙織さんの関わりについて
「私に重なったジャニスの歌」というタイトルで、
インタビュー起こしの特集記事になっています。
http://park15.wakwak.com/~chiaki_naomi/

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