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「時代のサカイ目」第七十一回(12.6.26) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月28日(木)07時16分39秒
「時代のサカイ目」第七十一回(12.6.26)

『時代のサカイ目−酒井政利音楽プロデューサー50周年−』

 第七十一回「芸能界を席巻する三原色」

 芸能界は今、三原色に席巻されている。AKB、ジャニーズ、吉本。他の追随を許さないという
強い傾向の意思を感じる。実際、事務所は違えど、この三タイプのどこかに当てはまっていると、
ある程度の需要が見込まれるため、別の色が登場しない。似たようなタレントが次から次へと現れ、
人数調整のようにステージに並ぶ。それも、三原色の恩恵である。

 古くから、日本人は『三』で括ることを好む。ビックスリー、御三家、三羽がらす、三つどもえ…。
企業もモノも人も、何かにつけてトップ3をひと括りにしてきた。三で括ると互いの力学が作用し合い、
刺激を受けてそれぞれが高みへと上がろうとするのだ。

 芸能界では美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘から始まり、男性では平尾昌章、
山下敬二郎、ミッキー・カーチスの“ロカビリー三人男”が元祖。その後、渡部プロダクション
黄金時代の中尾ミエ、園まり、伊東ゆかりがナベプロ三人娘。

 続いて新三人娘(小柳ルミ子、南沙織、天地真理)、花の中三トリオ(森昌子、桜田淳子、
山口百恵)。男性では御三家(橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦)、新御三家(野口五郎、郷ひろみ、
西城秀樹)…。

 ファンは贔屓のタレントが三人の中でトップになるために必死で声援を送り、コンサートや
ライブに出かけたりCDやグッズを複数購入する。タレント側はマスコミをうまく利用して、
三人の中で僅差ではあるが、ファンのおかげで他の二人より一歩リードしていることをアピールする。

 そうなるとファンは俄然張り切る。日々の退屈をしのぐどころか、積極的にせわしなく動き回る。
結局、贔屓の引き倒しが起きる。積極的に応援し、お金を落としてくれる人たちをご贔屓筋というが、
本物のご贔屓筋とは、タレント側からすると、芸の精進に励む起爆剤になるべき存在。

 しかし最近のファンたちは、何をやっても歓声を上げ、良しとする。褒めすぎや贔屓の引き倒しの
傾向にある。実はこれ、ファンの最悪のパターンなのだ。応援しているようで、潰している。贔屓も
度を過ぎると、タレントは高みに行こうとする創意工夫や努力をしなくなる。

 ましては三原色で固められた時代。全てが三原色に区分けされることの怖さは、どこにも質の高さが
望めないことにある。タレント本人だけでなく、芸能人に影響を受けやすい若い世代や、応援する
中年族にもそれは波及する。タレントの上昇志向の低下の影響を受け、人としての質の向上を
望まなくなりかねない。

 脳科学者の茂木健一郎氏が、AKB指原莉乃の過去の交際を週刊誌に情報提供した元カレの
ことを、ツイッターで「おまえが暴露したのは指原さんのことではない。おまえの『品性下劣』
さだ」と批判した。確かに間違ってはいないが、AKBについて「おじさんとしては眩しい」と
コメントしているだけに、AKB贔屓からの発言かと勘ぐる人もいる。贔屓とは、誰もが
色メガネをかけてしまうことである。

 『夕刊フジ』2012年6月27日号(26日発行)第6面(毎週火曜日連載)
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NHK-FMでシンシアの曲(12.7.2) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月27日(水)01時40分4秒
 NHK-FMでシンシアの曲(12.7.2)

 情報をいただきました。ありがとうございます。来る7月2日(月)の夕方のFM放送で、
シンシアの曲がかかります。NHK-FMの番組です。DJはつのだ☆ひろさんです。

 つのださんは、「街角のラブソング」の作詞・作曲も手がけています。シンシアの誕生日に
シンシアの曲が聞けます。

−放送データ−
(チャンネル)
NHK-FM(東京の周波数82.5MHz)

(番組名)
ミュージックプラザ(Music Plaza)

(放送日)
 2012年7月2日(月)
 午後4:00〜午後5:20(80分)

(担当DJ−月曜日担当)
 つのだ☆ひろ

(番組内容)
「南沙織&小柳ルミ子スペシャル」
 奇しくも同じ誕生日という星の下に生まれた70年代を代表する女性アイドル南沙織と
小柳ルミ子をお祝いしてお送りいたします。皆様からのリクエストお待ちしております。

 NHK-FM:http://www.nhk.or.jp/fm/mp/
 各地の周波数:http://www.nhk.or.jp/fm/frequency/tvres5/h50303.htm#kantokosinetu3
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『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日号 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月25日(月)00時50分24秒
 『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日号

 発売中の『週刊アサヒ芸能』(6/28号、2012/06/19発売、定価390円)にアイドル特集があります。

 「胸キュン企画 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第一弾・70年代編」

 5週連続の企画で、70年代→80年代→90年代→60年代→00年代、と
10年毎に美少女を選ぶ企画のようです。

 シンシアも第7位です。

 http://www.tokuma.jp/magazine/weekly-asagei/9031520a30a230b530d282b880fd-6-2853f7
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『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日号(2) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月24日(日)12時38分57秒
『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日号(2)

「胸キュン企画 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第一弾・70年代編」

 普通の少女たちがファンの声援で成長していく姿もいいが、俺たちを歓喜させたのは
「世の中にこんな可愛い子がいたのか!」という衝撃だった。そこで本誌は芸能界50年の
歴史を、ひたすら「美少女」というキーワードで、年代別にランキングしていく!

(本文)
 現在のアイドルシーンの原型は、すべて70年代に生まれたと言えるだろう。そもそも
「アイドル」という呼称が、南沙織・天地真理・小柳ルミ子の「新三人娘」が揃った71年に
発生したものだし、翌72年にはアイドル発掘番組『スター誕生!』から森昌子がデビュー。
これに桜田淳子・山口百恵が続いて「中3トリオ」として爆発的な人気を誇った。

 72年から73年にかけては、麻丘めぐみ、あべ静江、浅田美代子、安西マリア、
アグネス・チャンと、なぜか「頭文字あ」のアイドルが大量発生。ま、それは余談としても、
やがて「アイドルのローティーン化」という現象も起きる。前出の中3トリオに引っぱられる
ように、手塚理美や浅野ゆう子らが中学生でデビューした。

 そして70年代半ばに入ると、キャンディーズVSピンク・レディーの2大グループが
熾烈な勢力争い。当人たちは仲良しだったが、周囲の人間は火花を散らしていたようだ。

 さて、この時代のアイドルは、60年代ほどではないとはいえ、まだまだ「清く正しく美しく」
が求められていた。それを体現化したのが、ここにいるアイドルたちである。

(ランキング)
第01位 岡田奈々(75年デビュー)代表曲「青春の坂道」
第02位 麻丘めぐみ(72年デビュー)代表曲「わたしの彼は左きき」
第03位 木之内みどり(74年デビュー)代表曲「刑事犬カール」
第04位 栗田ひろみ(72年デビュー)代表作映画「夏の妹」
第05位 桜田淳子(73年デビュー)代表曲「はじめての出来事」
第06位 大場久美子(73年デビュー)代表作 ドラマ「コメットさん」
第07位 南沙織(71年デビュー)代表曲「17才」
第08位 倉田まり子(78年デビュー)代表曲「HOW!ワンダフル」
第09位 薬師丸ひろ子(78年デビュー)代表作 映画「野生の証明」
第10位 紺野美沙子(76年デビュー)代表作 ドラマ「虹を織る」
第11位 手塚理美(75年デビュー)代表作 ドラマ「ふぞろいの林檎たち」
第12位 藤谷美和子(75年デビュー)代表曲「愛が生まれた日」
第13位 片平なぎさ(75年デビュー)代表作 映画「瞳の中の訪問者」
第14位 石川ひとみ(78年デビュー)代表曲「まちぶせ」
第15位 秋ひとみ(78年デビュー)代表曲「アンカレッジ経由パリ行き」
第16位 香坂みゆき(75年デビュー)代表曲「愛よおやすみ」
第17位 原田美枝子(74年デビュー)代表作 映画「青春の殺人者」
第18位 水沢アキ(72年デビュー)代表作 ドラマ「夏に来た娘」
第19位 中島はるみ(79年デビュー)代表CM「キリンレモン」
第20位 早乙女愛(74年デビュー)代表作 映画「愛と誠」
第21位 浅田美代子(73年デビュー)代表曲「赤い風船」
第22位 山口百恵(73年デビュー)代表作 映画「伊豆の踊子」
第23位 浅野真弓(72年デビュー)代表作 ドラマ「タイムトラベラー」
第24位 松尾ジーナ(71年デビュー)代表曲「気ままなジーナ」
第25位 アグネス・チャン(73年デビュー)代表曲「草原の輝き」
第26位 桂木文(78年デビュー)代表作 ドラマ「翔んだカップル」
第27位 三木聖子(75年デビュー)代表作 ドラマ「悪魔のようなあいつ」
第28位 林寛子(71年デビュー)代表曲「素敵なラブリーボーイ」
第29位 白石まるみ(78年デビュー)代表作 ドラマ「ムー一族」
第30位 石野真子(78年デビュー)代表曲「狼なんて怖くない」

(ランキング査定基準)
 本ランキングは70年代に“デビューした時に十代だったアイドル”であることを基本に、
1美少女代表、2人気・セールス、3インパクトを総合し、本誌選定班の思い入れを加味して
算出しています。
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『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日号(3) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月24日(日)12時36分0秒
『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日号(3)

「胸キュン企画 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第一弾・70年代編」

(解説文)
第1位岡田奈々(75年デビュー)代表曲「青春の坂道」
“「青春は長い坂道を登るようです」君となら前を向いて…”
 76年のヒット曲「青春の坂道」の名のままに、清純アイドルと思えないほど波乱の人生。
それでも清冽なたたずまいは変わらず、近年は「奇跡の50代」と再評価されている。

第2位麻丘めぐみ(72年デビュー)代表曲「わたしの彼は左きき」
 少女モデル出身の清楚なルックスは、つけまつげ全盛だった当時の濃い目な歌謡界に涼風を
もたらす。大ヒットした「〜左きき」で72年の日本レコード大賞で最優秀新人賞も獲得した。

第3位木之内みどり(74年デビュー)代表曲「刑事犬カール」
 折れそうなくらいの細身は、いわゆる「僕だけのアイドル」として熱烈なファンを生んだ。
歌手としてヒット曲には恵まれなかったが、ドラマ『刑事犬カール』や映画『野球狂の詩』
では存在感を発揮。

第4位栗田ひろみ(72年デビュー)代表作 映画『夏の妹』
 みうらじゅん画伯の表現によれば「青春ノイローゼ」になるほど夢中になったらしい。
小動物のような愛らしさは、森永製菓「小枝」のCMで最大限に引き出された。

第5位桜田淳子(73年デビュー)代表曲「はじめての出来事」
 森昌子を第一号とした伝説のスカウト番組『スター誕生!』で、秋田地区予選から審査員に
“吉永小百合の再来”と言われたことは語り草。番組をアイドル路線に方向転換させた。

第6位大場久美子(73年デビュー)代表作 ドラマ『コメットさん』
 キャッチコピーは「一億人の妹」で、愛称は「デカプリンちゃん」−いかに彼女が幅広く
親しまれたかがわかるだろう。アイドルとして武道館公演に挑んだ先駆者でもある。

第7位南沙織(71年デビュー)代表曲「17才」
 それまで「スター」という呼称しかなかったが、シンシアこと南沙織の出現で「アイドル」と
いう言葉が一般化。洋楽のエッセンスを取り入れた音楽性も時代の変革期に沿っていた。

第8位倉田まり子(78年デビュー)代表曲「HOW!ワンダフル」
 日曜夕方はNHK『レッツゴーヤング』が定番。番組レギュラー「サンデーズ」の一員で
デビューし、聡明なルックスで人気だったが、後に投資ジャーナル事件に巻き込まれた。
現在はキャリアカウンセラーに。

第9位薬師丸ひろ子(78年デビュー)代表作 映画『野生の証明』
 80年代に映画界を席巻した「角川アイドル」の長女格だが、正式なデビューは78年の
『野生の証明』での頼子役。神秘的なたたずまいは、これ以上ないハマリ役になった。

第10位紺野美沙子(76年デビュー)代表作 ドラマ『虹を織る』
 近年は国連親善大使や内閣府サポーターなど文化人としての活動が目立つが、
デビュー当時は「青春!」の匂いを感じさせるアイドル女優。その清潔感は完璧だった。

第11位手塚理美(75年デビュー)代表作 ドラマ『ふぞろいの林檎たち」
 美少女の系譜である「ユニチカマスコットガール」の二代目に選ばれ、以降は女優として活躍。
十代のうちからヌードにも積極的だった。

第12位藤谷美和子(75年デビュー)代表曲「愛が生まれた日」
 本誌の「めしばな刑事」で激論が続く「カルビーポテトチップスは100円」のCMでブレイク。
後の「プッツン女優」や「徘徊生活」ではなかった日々…。

第13位片平なぎさ(75年デビュー)代表作 映画『瞳の中の訪問者』
 歌手としては大きな実績は残せなかったが、それでも所属のホリプロは「百恵二世」の
期待をかけ、女優として大きく花開いた。

第14位石川ひとみ(78年デビュー)代表曲「まちぶせ」
 このところ流行りの懐かし歌謡番組の出演が多いが、大ヒットした「まちぶせ」の
歌いっぷりも、五十路超えと思えぬビジュアルも驚異的。

第15位秋ひとみ(78年デビュー)代表曲「アンカレッジ経由パリ行き」
 アイドル冬の時代だった70年代末期に登場し、超絶のルックスで孤軍奮闘。
もしかしたら、あと2年デビューを遅らせ、80年代に登場したほうが開花したのかも。

第16位香坂みゆき(75年デビュー)代表曲「愛よおやすみ」
 「ビーバーちゃん」と呼ばれた愛らしい顔立ちは、『欽ちゃんのドンとやってみよう』
アシスタントとして重宝された。やがて歌手としても恵まれた歌唱力を発揮。

第17位原田美枝子(74年デビュー)代表作 映画『青春の殺人者』
 どうしても巨大な乳房と脱ぎっぷりに目がいきがちだが、もともとは事務所が
アイドル歌手にさせたかったほど愛らしい目鼻立ち。

第18位水沢アキ(72年デビュー)代表作 ドラマ『夏に来た娘』
 70年代のグラビア史に絶大なインパクトを残した篠山紀信による「激写」での豊満ヌード。
それは、清純ルックスとのギャップゆえの事件だった。

第19位中島はるみ(79年デビュー)代表CM「キリンレモン」
 何と14歳でモデルも顔負けのプロポーションを誇った。八重歯がキュートなアイドルは、
今なおミセスモデルとしてカリスマ的存在となっている。

第20位早乙女愛(74年デビュー)代表作 映画『愛と誠』
 武井咲によってリメイクされた『愛と誠』は、ヒロイン・早乙女愛という役名からも
彼女が大本命。早すぎる死が惜しまれた。

第21位浅田美代子(73年デビュー)代表曲「赤い風船」
 歌手の最低基準と言われた歌唱力はさておき、クラスにいそうな親近感と、
クルクルと動く表情のキュートさは群を抜いていた。

第22位山口百恵(73年デビュー)代表作 映画「伊豆の踊子」
 デビュー当初はライバルの桜田淳子に後れを取ったが、二年目からは国民的な歌姫への道を
スタート。今なお伝説の70年代を代表する存在だった。

第23位浅野真弓(72年デビュー)代表作 ドラマ『タイムトラベラー』
 後に原田知世や内田有紀でリメイクされる『時をかける少女』(原作)の初代ヒロイン。
引退後は昨年亡くなったロック歌手・柳ジョージの夫人に。

第24位松尾ジーナ(71年デビュー)代表曲「気ままなジーナ」
 デビュー曲にネーミングライツを施した先駆者。ハーフ特有のエキゾチックな顔立ちで
人気だったが、わずか一年で「私には向いていない」と芸能界を去った。

第25位アグネス・チャン(73年デビュー)代表曲「草原の輝き」
 アジア発の人気歌手は多かったが、アグネスほどアイドル性の高かったコはいなかった。
クリスタルなボイスも70年代最強レベル。

第26位桂木文(78年デビュー)代表作 ドラマ『翔んだカップル』
 郷ひろみの恋人役に応募し、4万人の中から選ばれた。インド人とのハーフという珍しい存在だが、
いいとこ取りのフェイスだろう。

第27位三木聖子(75年デビュー)代表作 ドラマ『悪魔のようなあいつ』
 ユーミンが作った「まちぶせ」を最初に歌ったことで知られる。ドラマでは沢田研二の
妹役などで活躍したが、わずか二年で引退した。

第28位林寛子(71年デビュー)代表曲「素敵なラブリーボーイ」
 結婚後は毒舌キャラで鳴らしたが、デビュー時は「そよ風みたいな女の子」という
真逆のキャッチフレーズ。健康的な体型もマル。

第29位白石まるみ(78年デビュー)代表作 ドラマ『ムー一族』
 主演女優ではないが、常に気になる役どころで愛された。現在は娘の守永真彩が
グラビアアイドルだが、母親も負けじと若々しい。

第30位石野真子(78年デビュー)代表曲「狼なんて怖くない」
 極端なタレ目に不ぞろいの歯並びだったが、負の要素を大きく上回る天性の
アイドルオーラ。親衛隊を出現させた元祖的な存在。
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「時代のサカイ目」第七十回(12.6.19) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月23日(土)22時23分51秒
「時代のサカイ目」第七十回(12.6.19)

『時代のサカイ目−酒井政利音楽プロデューサー50周年−』

 第七十回「満を持して連ドラ登場 山口智子は何を見せてくれるか」

 山口智子(47)の女優復帰が決まった。秋スタートのフジテレビ系連ドラで、主演の阿部寛と
夫婦役を演じる。今、ノリに乗ってている阿部との共演で、カンヌ国際映画祭で柳楽優弥が
最優秀男優賞を受賞した「誰も知らない」の是枝裕和監督の初連ドラ監督・脚本作品。
笑って泣けるホームドラマになるという。

 90年代に木村拓哉と共演した『ロング・バケーション』以来16年ぶりの連ドラ出演。
当時、視聴率女王と言われた山口だったが、唐沢寿明との結婚を機に主婦業に軸足を置き、
時折単発ドラマやCMに出る程度だった。まさに満を持しての復帰。このところ、第一線で
活躍していた女優が結婚、出産を機に家庭に重きを置き、子育てが一段落すると復帰する
ケースが多い。

 この春、10年ぶりにドラマ出演した中山美穂、昨年暮れに大きな話題になった『家政婦のミタ』
で復帰した松嶋奈々子、更には昨秋のNHK朝の連ドラ『てっぱん』で復帰した安田成美、
同じく昨年、大河ドラマ「江−姫たちの戦国」で11年ぶりに女優業を再開した鈴木保奈美。

 一様に結婚前ほどの仕事量をこなすわけではなく、やりたい仕事を選びながらライフスタイルに
合わせたペースで女優業を楽しんでいるのではないかと思える。中山は一児の、松嶋は二児の、
鈴木と安田は三児の母。仕事中心だった独身時代と違い、仕事は生活の選択肢に過ぎない感がある。
ただ、母親としての日常の顔が女優業に反映されるのか、以前より味のある演技をするようになった。

 子供のいない山口が、久々のホームドラマでどんな妻役を演じるのか、非常に楽しみである。
世の中には様々なプロがいる。演者としてのプロ、主婦のプロ、母親のプロ…。どれも、いかに
責任を持ってその仕事を全うするかで真価を問われる。本人だけでなく家族の評価までもが
変わってくる。

 まだ離婚が成立していない沢尻エリカは、どこか自己本位で“私”のプロに見えてくる。
蜜月時代の新婚時は、“私が、私が”を前に押し出しても相手が応えてくれるが、時間が経ち、
日常生活は非凡ではなく平凡な時間の積み重ねだと気づくと、夫は好き勝手放題をする妻に
いちいち関わっていられなくなる。そうなると妻は不満を溜め、女王でいられたポジションが
恋しくなり、そこに戻ろうとしている。

 そういえば“私”のプロの大先輩・桃井かおりが、沢尻のことを「彼女はいいヤツ。そろそろ
わかってあげて」と記者会見でかばっていたのは笑えた。二児の母となった工藤静香は“女のプロ”
とみる。結婚を機に歌手活動を抑え、メディアへの露出もきわめて少ない。それでも木村拓哉の
活躍ぶりから、工藤が家庭でよき主婦でいることが透けて見えてくるから面白い。

 夫を、夫でなく男としてどうコントロールすればいいか本能的にわかっているのだろう。
一切プライベートを表に出さないようにしてはいるものの、ごく稀に木村が家庭を匂わせたり、
木村の活躍ぶりや男度を通じて、工藤が今どれだけ幸せでいるか、またどれだけいい女でいるかを
暗示している。女のプロになるのは、賢さや知性、器度が必要不可欠。トップ女優に君臨するよりも
ハードルは高い。

 『夕刊フジ』2012年6月20日号(19日発行)第6面(毎週火曜日連載)
『夕刊フジ』に酒井さんが聖子さん再婚を語る(12.6.14) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月16日(土)15時15分55秒
 『夕刊フジ』に酒井さんが聖子さん再婚を語る(12.6.14)

 松田聖子さんが6月13日(水)に三度目の結婚を発表しました。翌日の『夕刊フジ』の
記事の中に酒井プロデューサーがエッセイを寄せています。

 『松田聖子“育ての親”酒井政利氏語る−沙也加の恋愛も順調、楽しい熟年期を考え』
 〔聖子が歌手デビューした際の“育ての親”で、数多くの芸能人の結婚を見届けてきた
音楽プロデューサーの酒井政利氏が、“三度目婚”の意味とタイミングについて緊急寄稿した。〕

 陽気に振る舞えば振る舞うほど、気持ちの底にある対極の想いが透けて見えることがある。
アイドルはその最たる者。人前では努めて明るい表情を見せることに慣れると、その習慣からは
抜けきれない。

 松田聖子が再々婚した。デビューから三十余年、いまだにアイドルを地で行き、結婚、出産、
離婚、再婚、再離婚…女性の人生を重ねる度に、なぜか同性からのアイドル度が増す希有な
存在である。再々婚は、「同世代の伴侶と新たな人生を歩き出します」と自身のHPで伝えている。

 お相手は同世代の一般人とのことだが、とはいえ大学の准教授。料理が好きで家庭的な面のある
彼女なら、准教授夫人もさらりとやってのけるだろう。聖子ももう50代。娘の沙也加も25歳に
なり、聖子の認める相手との恋愛も順調の様子。母としての仕事は区切りがついた中で、今の自分や
母親のこと、娘のこと、そして先々のことに思いを巡らし、ひとりで熟年期を過ごすより、
2人での方がより楽しく、より安心できると考えたのだろう。

 離婚経験者には、二度と結婚したくない派と、次は全うできると信じて結婚をやり直したい派に
分かれる。聖子は後者。ある意味、懲りないのだが、それが彼女の魅力に繋がっている。ただ、
発表の時期がいただけない。これまでも、コンサート、新曲などプロモーションのタイミングを
見計らったかのように様々なスキャンダルが流れてきた。

 そのため、聖子サイドが宣伝のために流したのではないかと穿(うが)った見方もあった。
今回も、新曲『涙のしずく』の発売にかぶさる。役所広司、樹木希林が親子を演じ、
モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリを受賞した映画『わが母の記』の主題歌だが、
発売にかぶせての発表は自己演出力が強すぎて、鼻につきかねない。

 スターになるには要素として自己演出力は必需だが、見せ方いかんではあざとさばかりが
前に出る。昨年暮れ、ラジオの『オールナイトニッポンGOLD』(ニッポン放送)でDJを
務め、当時の新曲「特別な恋人」を作詞作曲した竹内まりやがゲストに現れると
「落ち着いて包まれるってこういうことなんだ」と述懐して涙ぐんだ。

 長くセルフプロデュースをしてきた彼女が、竹内にプロデュースまで任せて自分は歌うだけと
いう状態についてを言ったものだが、何か違和感を覚えていた。再々婚の報道で“何か”の
正体を見た。おそらくそのとき既に准教授の存在があったのではないか。郷ひろみが再々婚し、
ふと聖子は幸せなのだろうかと思うこともあったが、余計なおせっかいだったようだ。
アイドルは十分に逞(たくま)しい。

 『夕刊フジ』2012年6月15日号(14日発行)第7面
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「時代のサカイ目」第六十九回(12.6.12) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月16日(土)13時00分30秒
「時代のサカイ目」第六十九回(12.6.12)

『時代のサカイ目−酒井政利音楽プロデューサー50周年−』

 第六十九回「映画「外事警察」が描く一匹狼のカッコよさ」

 たまたま見始めたドラマが思いがけず面白く、すっかりハマってしまうことがある。2009年の
NHKドラマ『外事警察』もそうだった。“スパイ天国”とも称される日本では、外国人による
スパイ活動やテロリストの潜入が頻繁に行われており、その脅威を未然に防ぐための部署が、
対国際テロ捜査の諜報部隊である警視庁公安部外事課、通称外事警察。

 放送当時の視聴率は決して高い数字ではなかったが、ライブ感の中に暗部が強調した映像に
引き込まれ、再放送される度にまた見てしまうほどだった。この日本版CIAは映画化されない
ものかと、密かに期待していた。我が意を得たり、とはまさにこのこと。
『外事警察 その男に騙されるな』が映画化され、公開中である。

 この面白さは何よりも“協力者”にある。外事警察における協力者とは、いわゆる味方という
意味ではなく、ターゲットをしとめるために必要な情報を提供してくれるスパイ。ターゲットの
近くにいるスパイとなり得る人物を選び、スパイに仕向ける過程が手に汗握る見応えである。

 そんな心理的誘導を容赦なく遂行するのが“公安の魔物”と呼ばれるほど人の心を巧みに操り、
任務のためなら非情な手段も辞さない男、住本(渡部篤郎)。警視庁公安部外事課に籍を置く
対国際テロ捜査諜報部隊。ターゲットをしとめるためには法に抵触すれすれの動きを見せ、
協力者として狙いを定めた相手を見事にしとめる。さすが社会現象を巻き起こした『ハゲタカ』や
『篤姫』などを演出した堀切園健太郎監督。手腕が秀でている。

 作品は、単なるサスペンス・エンターテインメイトに留まらない。物語で描かれる裏社会は
非現実的だと思いがちだが、現実社会にもリンクする。協力者=ブレーンなのだ。住本は組織の
一員ではあるが、一匹狼的要素が強い。一般社会でも、成功者となるには一匹狼的な思考は
必要である。組織の歯車になればなるほど、角を削られ、諸処の条件に縛られ、突起に上塗りされ、
結局平らになり平均化されて面白いものができない。

 振り返れば、プロデューサー業もまた同じ。住本がターゲットを射落とす過程の二転三転は、
人の心を操るために何が必要かを教えてくれる。そこに人間の深層心理の怖さを見る。
真木よう子、キム・ガンウ、尾野真千子、余貴美子ら俳優陣は誰もが秀逸の演技を見せ、
映画の厚みを感じさせる。

 映画館では、館内予告で『臨場』がかかっていたが、『臨場』もドラマからの映画化作品。
ストーリーもさることながら、内野聖陽の渋さや男臭さが作品をさらに魅力的にしている。
渡部も内野も、年上女房の薫陶を受けた俳優。おそらく結婚生活には心理的苦労が伴ったはず。
私生活にはマイナスに作用しただろう心理的苦労も、表現者としてはプラスに転化している。

 アラフォー女優の活躍ぶりばかりが取り上げられる昨今だが、渡部や内野の他に
『テルマエ・ロマエ』が大ヒットの阿部寛、『太平洋の奇跡』でブルーリボン主演男優賞の
竹野内豊、そして堺雅人をはじめ、西島秀俊、大沢たかおなどアラフォー俳優の光り方が
際立ち始めている。

 『夕刊フジ』2012年6月13日号(12日発行)第6面(毎週火曜日連載)

お多幸隣が更地に 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月09日(土)23時55分0秒
 昨日はお多幸でおでんを食べました。行ったのは去年の12月23日以来です。
お店も繁盛していて1階で食べました。一緒に行ったBさんは1階は初めてと言っていました。
お多幸の店内は、昔と全く変わっていません。

 外は変わっています。回りの建物は、ここ20年でほぼ全部の建物が建て変わっています。
お多幸の左隣が更地になっていました。間口は3mもないビルでしたが、去年の暮れまでは
ビルが建っていました。

 1階は富士一という定食屋でした。お多幸のビルとほぼ同じ時期に建ったと思われます。
去年の7月末に閉店していましたが、ビルが取り壊しになったのは最近のようです。

 小さなビルが沢山建っていた場所でしたが、お多幸の回りは大きなビルばかりになりました。
時代は動いていますね。
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ありし日の富士一の様子 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月09日(土)23時37分13秒
ブログ“昼食難民の新書生活”
「さば焼き定食@富士一→閉店」
2009-05-15

 新宿紀伊國屋書店の裏の通りにある「御食事処 富士一」へ。新宿ではすっかり珍しくなった
昔ながらの定食屋だ。隣は、おでん屋の「お多幸」。

 4人掛けテーブルが7つの全28席。半分ほどはビジネスパーソンで埋まっていた。
壁に貼られたメニューの短冊が茶色く色づいていて、歴史を感じさせる。冷やしトマトは
30年も前から280円のままなんじゃないだろうか。

 ウーロン茶を運んできた青年に「さば焼き定食(750円)」を注文。奥の厨房では
60代の男女が調理していた。

 先客たちが次々と店を出て行く中、10分ほどで料理が登場。

 かなり塩のきついサバだったけど、大根おろしが多くて嬉しい。じっくり焼かれていたので、
頭の骨までカリカリと食べてしまった。

 味付け海苔が付いていたのは嬉しかったけど、味噌汁は塩辛くて半分以上残した。

 新宿のこの場所で定食屋のメニューが食べられる、ということが最大のメリットなのかも。


◆希望支払金額:750円(味に不満はあるけど、この場所でこの値段ならしょうがないか)
◆費用対効果度:100%(750円/750円)

御食事処 富士一 ※2011年7月30日で閉店しました。
東京都新宿区新宿3-20-2

閉店のご挨拶
店主の「元気なうちに」という思いから
七月三十日(土)をもちまして閉店するこ
とにしました。創業から約半世紀。永らく
のご愛顧本当にありがとうございました。
御食事処 富士一 従業員一同

(写真説明)残念ながら閉店しました(文面は上記)。
(写真説明)おでん屋を挟んで隣にあった「ドトールコーヒーショップ」も翌日に閉店(文面省略)。

 昼食難民の新書生活:http://pasage.blog43.fc2.com/blog-entry-361.html
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『幸せへのキセキ』初日見ました(12.6.8)。 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月09日(土)23時31分42秒
 
映画『幸せへのキセキ』が封切りになりました。初日見に行きました。新宿ピカデリーで見ました。
ピカデリーは、靖国通りに面した元の場所に建て直されています。前は3スクリーンほどの
規模でした。建て直し後は、11階建てで10のスクリーンがあるシネマ・コンプレックスに
なっています。時間帯で上映作品を変えて、一日で19ほどの作品が上映されています。

 封切り初日は、9階のスクリーン6(232席)で上映されました。今日からは11階の
スクリーン8(157席)に変わっています。Bさんと一緒に見ました。Bさんが席を取って
くれましたが、D列17番で見れました。感謝。

 実話を元にした映画です。偶然、動物園付きの家を買った一家が、動物園を再興する話です。
実話なので、SFやサスペンスのような山場はあまりありません。でもホンワカした話で、
最後まで引き込まれます。

 さすがに実話だけだと話が盛り上がらないので、少々は演出も。実際はピューマか何かが
逃げたのですが、映画ではグリズリー(灰色熊)が逃げた話になっています。

 物語で重要な役割を担うのが主人公の娘、ロージーです。七歳の女の子ですが、おませと
いうよりすごい自然体の演技で、いい味出しています。名前もいいですね。

 キセキというだけあって何度か奇跡的な話も出てきます。奇跡とは、待っているだけでなく、
自らの行動が奇跡を起こさせると映画は訴えています。観劇後は、お多幸でおでんを食べて
帰りました。

 公式サイト:http://www.foxmovies.jp/sk/
 新宿ピカデリー:http://www.shinjukupiccadilly.com/
 お多幸:http://www.otako.co.jp/
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「時代のサカイ目」第六十八回(12.6.5) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月09日(土)19時53分4秒
「時代のサカイ目」第六十八回(12.6.5)

『時代のサカイ目−酒井政利音楽プロデューサー50周年−』

 第六十八回「芸能界「転出・転入組」にみる覚悟の大切さ」

 芸能人はサラリーマンのように、収入が安定ではないと会見で発言した河本準一。それに対して、
好きなことで食べていく道を選んだのだから、言い訳がましいことは言うなと異論を唱えたのが
ビートたけし。芸能界は、どんなに売れっ子であっても、どんなに高額ギャラを取っていても、
それがいつまで続くかの保証も安定もない。高額所得者であっても銀行ローンが組みにくいのは
そのためだ。

 もっとも今の時代、一流企業勤務のサラリーマンでも、安定にあぐらをかくことなどできない。
絶対にリストラされない保証はどこにもないのだから。芸能界は、芽が出ないまま諦めて
転職するタレントも多いが、堅い職業から夢を実現すべく飛び込んで来る人もまた多い。

 区役所の職員を退職し、役者の道に進んだ役所広司。国交省のキャリア官僚を辞め、俳優・
コメンテーターになった早坂実。世界のクロサワこと黒澤明監督は、画家からの転身。タモリは
タレントになる前は保険外交員や喫茶店の従業員をしていた。

 もちろん芸能界に入れたから、長年やっているからといって、誰もが高収入を得られるわけ
ではなく、売れているのはほんのひと握り。多くは肩書だけは役者、歌手、芸人と華やかでは
あるが、バイトなどで生計を立てている。勤続年数で昇給昇格があるわけではなく、スポット
ライトが当たるステージに上がるまでの厳しさは並大抵ではないのである。

 役所広司のように長年第一線を保ってきた人でも、最初は食べられないことを覚悟した上での
転職だったはず。昨年、落語家を目指して40代半ばでサラリーマンを辞め、諦めきれない夢を
追い始めた人がいる。立川寸志、45歳。30歳を超えると入門が許可されにくい落語家の世界で、
入門できたことだけでも本人がいかに真剣だったかが伺える。落語の世界は徒弟制度。しきたりや
因習も多い。修業を積み、見習い、前座、二つ目、真打という段階を経なければ一人前には
なれない。その間10〜15年。

 寸志は、夫人に60歳までは自分が稼ぐものの、60歳を過ぎたら面倒を見てくださいと
言われたそうだが、夫人の言葉を起爆剤に、落語家としての成長に期待したい。逆に、芸能界から
転出を決めたのが香田晋。最近では歌手よりもバラエティー番組での珍回答でウケていたが、
事務所との契約を自ら打ち切った。実業家に転身するのではないかと言われている。

 実の兄に、日食休暇ではないかと揶揄された沢尻エリカ。転職をしたわけではないが現在は
体調不良で休養中とのこと。休養のような休業状態。いろいろとスキャンダルをまき散らしている
こともあり、女優としてやっていけるのかと不安視する声は大きい。女優を続けるにせよ、別の
世界に転職するにせよ、巷間言われる気まぐれを正していかなければ、どこにも居場所はないとみる。

 東国原英夫氏、田中義剛氏、元アイドルでIT系社長の千葉麗子氏、デザイナー・実業家として
財界からも一目置かれている神田うののように、知名度を生かしながら、別のステージに移った
成功者たちもいる。彼らは時折、テレビ番組に登場し、上手にマスコミを使って現状を宣伝する。
どうやら芸能界からの転出組が成功者になるには、過去の経歴を図太く生かせるかによるところも
大きいようだ。

 『夕刊フジ』2012年6月6日号(5日発行)第8面(毎週火曜日連載)

「時代のサカイ目」第六十七回(12.5.29) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月07日(木)00時48分38秒
 「時代のサカイ目」第六十七回(12.5.29)

 『時代のサカイ目−酒井政利音楽プロデューサー50周年−』

  第六十七回「芸能界のドン、長良じゅんさんの死」

 大手芸能プロ「長良グループ」を率いてきた長良じゅん会長を見送った。日本の芸能界を
支えてきたドンの死で、また昭和が遠のいた感がある。長良氏は、若い世代にはなじみが
薄いかもしれないが、雪村いづみ、山田真二、浜村美智子、水原弘などそうそうたる歌手を
育ててきた。徳永英明がカバーしている「人形の家」を大ヒットさせた弘田三枝子の
デビューの頃も長良氏が担当。

 氏は細胞に情が刷り込まれているような人で、温かさ、包容力の大きさで人後に落ちる
ことはない。辣腕の中に人情があり、関わった人にはとことん面倒を見る親分肌だった。
そんな氏を慕う人は多く、氷川きよしのデビューにあたって、ビートたけしに名付け親を
頼んだが、たけしが宣伝マンも買って出たのは長良氏だからこそのこと。

 自分の事務所の所属タレントではないたけしに対しても、何かあれば力になっていた。
たけしに限らず、他にも芸能界で長良氏の世話になった人がどれほど多いことか。本葬には
5千人もの人たちが最後のお別れに駆けつけた。青木功、石橋貴明、内田裕也、川中美幸、
志村けん、舘ひろし、天童よしみ、橋幸夫、松平健、山本リンダ、和田アキ子…。中には
すでに芸能界を引退した顔もあった。

 長良氏は少し前に社長の座を長男の神林義弘氏に譲り、自分はグループ会長、プロデューサーに
おさまっていた。葬儀の際、義弘氏の目の奥には、引き継いでいこうとする強い覚悟が見てとれた。
父と息子の関係は、過ごす時間の長さ、交わす会話の数では計り知れないものがある。同じ大地に
根差し、互いた養分になり合うような、見えない糸で繋がっている関係、それを絆と呼ぶのかも
しれない。

 歌舞伎の世界に足を踏み入れた香川照之も、父との関係を修復し、絆を取り戻したからだと
マスコミは書く。しかしそれ以上に、息子に歌舞伎を継承させるために自らが困難に踏み出した
とみる。そこには計り知れないほどの覚悟がある。すでに一線級の俳優としてのポジションを
確立している香川が、あえて飛び込むゼロからの歌舞伎。

 香川は夜も眠れるほど、緊張した日々を過ごしていることを、息子に暴露されていたが、
それほどの覚悟をもっての市川中車(ちゅうしゃ)の襲名は、間違いなく成功を収めていく
だろう。むしろこれほどの覚悟をした役者が、成功しないはずがない。その覚悟がわかる
からこそ、浜木綿子は猿之助と香川が接触することを快く許したのだろう。

 ありようは違うが、石田純一と子どもたちにも強い結びつきが感じられる。理子夫人の
声かけで、いしだ壱成、すみれは石田家に遊びに行くようになったというが、二人の
子どもたちの父への接し方を見る限り、石田は離婚後も子どもたちへの思いを持ち続けていた
ようだ。子が親の思いに応えること、親が子の思いに寄り添うこと。たとえ離れていても、
時間を重ねてきたことでふれあう魂の深さこそ、絆の妙である。

 『夕刊フジ』2012年5月30日号(29日発行)第6面(毎週火曜日連載)

尾崎紀世彦さん逝去のニュースなど(12.6.1) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月07日(木)00時44分38秒
 尾崎紀世彦さんの死が公表された夜のニュースの話です。21時からのNHKの
ニュースでは、21時20分頃から5分間ほど尾崎さんの死を伝えています。

 その内半分の時間が、野口五郎さんの話でした。野口五郎さんは「また逢う日まで」の
カバーを数年前にしていたそうです。五郎さんはインタビューで「目標としていた歌手」
として尾崎さんを挙げています。野口さんのインタビューのかなりの時間、野口さんの
歌っている映像が流れています。

 22時からの『報道ステーション』の方はこんな感じです。最初のニュースは今日の
政局でした。三番目のニュースが欧州の金融危機関係でした。その間の二番目のニュースが
尾崎さん訃報でした。司会の古館伊知郎が1分ほど尾崎さんと当時の歌謡界の思い出を
話しています。こちらも5分ほどの時間でした。

 土日のニュースでは今週のニュースのまとめの中で、どの番組でも尾崎さんの訃報が
取り上げれていました。私が見た限り、当時の映像は尾崎さんのアップだけでした。

 「また逢う日まで」が大ヒットしていた1971年は、『平凡』や『明星』の毎号に
尾崎さんの特集が組まれています。どちらかでビフテキ(ビーフステーキ)の焼き方を
特集した号がありました。尾崎さんが自ら肉の切り方や焼き方をコマ割で撮って2ページに
まとめています。

 尾崎さんは、自分でビフテキを焼くのだそうです。中学生だった私は、この時点で
牛肉を食べたことがありませんでした。一年後に初めて牛肉を食べています。

 まだ食べたことがないステーキを毎日食べている尾崎さんにすごく憧れていました。
実際に牛肉を食べた時、悲しいかな、子供の時に食べ慣れないものは舌に合いません。
あまりおいしいとは思いませんでした。ずっと食べていた豚肉の方が今でも好きです。

 尾崎さんのお子さんは、「尾崎紀世彦(二世)」です。1980年代のどこかの
女性週刊誌に尾崎さんの息子さんの名前の記事がありました。尾崎さんは自分の名前が
大好きで、息子にも付けました。戸籍の写真も載っていて、「尾崎紀世彦(二世)」と
記載されていました。残念ながらその後、離婚されましたが、息子さんは尾崎さんの
臨終間際に駆けつけたとのことです。

 改めて、ご冥福をお祈りします。

RE:尾崎紀世彦さんご逝去(12.6.1発表) 投稿者:Shigeru  投稿日:2012年06月02日(土)12時08分10秒
1971年大晦日のレコード大賞受賞のVサインの印象はいまでも残っています。

Cynthia同様、感動を涙ではなく笑顔いっぱいの悦びで表現していたのが
当時としては新鮮だったのを覚えています。

Cynthiaが新人賞を受賞し同じステージに立った歌手のあまりにも早い訃報ですね。
ご冥福をお祈りします。

尾崎紀世彦さんご逝去(12.6.1発表) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月01日(金)21時13分41秒
 夕方に聞いて驚きました。尾崎紀世彦さんがお亡くなりになったのがわかりました。
ご冥福をお祈りします。

(スポニチ)
 『尾崎紀世彦さん死去 もみあげトレードマーク「また逢う日まで」が大ヒット』
 スポニチアネックス 6月1日(金)17時8分配信

 「また逢う日まで」などのヒット曲で日本レコード大賞を受賞した、歌手の尾崎紀世彦さんが
5月31日、東京都内の病院で亡くなっていたことが1日、分かった。69歳だった。死因は
肝臓がんで、最後は肺に転移していたという。葬儀・告別式は近親者で済ませた。

 尾崎さんは昨年2月に体調を崩し、都内の病院に入院しているなどの情報があったが、
詳しい近況はわかっていなかった。前所属事務所との契約は昨年5月に終了していた。
尾崎さんについて実弟は4月に「体の自由がちょっときかない」などと話していた。

 尾崎さんは豊かな声量と立派なもみあげがトレードマークで、今年で芸能生活50年。
グループサウンズのメンバーとして活躍後、71年には大ヒット曲「また逢う日まで」で
日本レコード大賞を受賞している。
.
 スポニチ:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120601-00000100-spnannex-ent

祝!デビュー41周年(12.6.1) 投稿者:トナカイ  投稿日:2012年06月01日(金)00時17分16秒
シンシア、デビュー41周年おめでとうございます。毎年のことながら、
一年があっという間に過ぎます。でも、我々ファンのシンシアを思う心は、
41年前と変わりません。

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