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Cynthia Street 2013年11月の伝言板

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アサヒ芸能の巻頭グラビアに「ニッポンの歌姫伝説」(13.12.5号) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月28日(木)01時22分38秒
 発売中のアサヒ芸能2013年12月5日号の巻頭グラビアに、
「ニッポンの歌姫伝説 本誌厳選BEST50」といいう特集があります。
6ページの特集です。シンシアも載っています。

「時代のサカイ目」第百四十四回(13.11.26) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月28日(木)01時12分18秒
「時代のサカイ目」第百四十四回(13.11.26)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百四十四回「歌舞伎の「本物の力」借りる芸能界」

 今年は何かと歌舞伎役者が、話題を振りまいた年になった。つい先日も、前田敦子と
交際中と噂されている尾上松也の母親が、二人の結婚について大賛成で明日にでも
オーケーだと語り、マスコミを賑わしている。元新派の女優だった母親は、結婚を
契機に引退したが、前田には無理をしない程度に仕事を続けてほしいという胸中を吐露。

 前田と尾上の交際の距離間を浮き彫りにした。アイドルで疲弊したために、結婚を
逃げにするわけではないだろうが、梨園に入ることの重大さをよく考えた上での決断が
望まれる。

 また市川海老蔵は、自身のブログに、浜崎あゆみと高校時代にクラスメートであり、
当時の浜崎は個性が目立っていたと書き、二人の関係性が注目された。他にも海老蔵は、
女優の加藤あいの結婚に触れて、実は明治神宮で偶然、相手の男性と一緒だった加藤に
遭遇したことを、やはりブログで明かしている。

 その海老蔵自身も、九月の歌舞伎の自主公演「ABKAI(えびかい)」でナインティ
ナインの岡村隆史を一寸法師役で舞台に登場させるという、暴挙ともいえる演出をし、
客席を沸かせた。そもそもは「めちゃ×2イケてるッ!」の番組企画。当日は、
「成田屋!」と共に「岡村屋!」の声援もかかるほどのできばえを見せ、伝統と格式の
歌舞伎にも柔軟性があることを知らしめた。

 香川照之も、昨年襲名した市川中車として、体調不良で入院中の父・市川猿翁の代役を
務めたり、長男・市川團子は片岡愛之助の舞台に出演するなど、話題に事欠かない。
中でも、茶の間への浸透度を最も深めたのは「半沢直樹」(TBS系)でオネエ言葉の
国税官僚を演じ、人気者となった片岡愛之助。役者としての活躍もさることながら、
タレント・熊切あさ美との恋愛の行方が取り沙汰されている。

 それにしても、歌舞伎役者のドラマや映画への出演は多い。若い頃の中村獅童のように、
歌舞伎役者として“家”の後ろ盾がなく大きな役がつかないため、ドラマや舞台の
オーディションを受け続けるなど、自ら歌舞伎以外に活躍の場を求める人もいる。
獅童は映画「ピンポン」で準主役を射止め、日本アカデミー賞をはじめ、映画新人賞を
総ナメにして注目されたことで歌舞伎でも大きな役がつくようになったという逆輸入タイプ。

 しかし多くは、ドラマの制作サイドから口説かれての出演。古くは1963年、
NHK大河ドラマ第一作「花の生涯」で、主役の井伊直弼を演じたのは二代目尾上松緑。
以降、数多くの梨園の役者が出演してきた。歌舞伎役者は世襲制が残るため、物心ついた
頃から父親と一緒に舞台に立っている人が多く、発声や演技の基礎ができている。
“にらみ”のように目に力があり、目で演技もできる。また時代劇の所作も既に身に
付けていることも時代劇のオファーが多い理由である。

 ここにきて芸能界がお子さま文化というか、お笑いタレントやアイドルが安易に
主役や大事な役どころで登場している。未成熟や未完成はプロとして長く続くもの
ではない。歌舞伎役者の起用は、そんな文化の活性化のために本物の力を借りたいと
いうことか。

 夕刊フジ2013年11月27日号(26日発行)第6面(毎週火曜日連載)

「時代のサカイ目」第百四十三回(13.11.19) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月28日(木)00時22分59秒
「時代のサカイ目」第百四十三回(13.11.19)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百四十三回「森光子さんを困惑させた島倉さんの勉強熱心」

 昭和歌謡を彩った大輪がまた逝ってしまった。島倉千代子さんの「人生いろいろ」が
耳から離れない。出会いは50年近く前に遡る。日本コロムビアに入社して、初陣で
担当したひとりが島倉さんだった。芸能界の作法に非常に詳しく、何も知らなかった
新入社員の私に、厳しく細かく教えてくださった。プロデューサーとして非常に勉強に
なり、恩人でもある。

 島倉さんが歌手を志したのは、歌のうまい病弱な姉を喜ばせたかったからだった。
十二歳で童謡歌手として「お山のお猿」のレコードを出し、十六歳でコロムビア
全国歌謡コンクールで優勝。専属契約となり、「この世の花」でデビュー。200万枚
の大ヒットとなる。

 島倉さんは新しい試みを取り入れることに積極的で、それまでの“泣き節”から
ガラリと変えることにも挑んでくれた。新曲は先日亡くなった岩谷時子さん作詞の
「ほんきかしら」。これが大好評で、リズム歌謡路線への転換。その路線は
「愛のさざなみ」や「人生いろいろ」へとつながる。

 島倉さんは言葉を非常に大事にした。特に詩にこだわり、どん欲なまでに質問して
くる。詩の一節と一節の行間について「ここはどういう気持ちで展開すればいいかしら」
と必ず聞かれたものだ。そんな勉強熱心さは時に先輩にも向けられた。

 あるとき、「放浪記」の舞台の休憩時間だという森光子さんからお電話をいただいた。
聞けば、島倉さんが突然楽屋に訪ねて来て「勉強したいんです」とだけ言って座り
込んでいる、どう対応したら良いのかと言う。慌てて芸術座の楽屋に向かった。

 言葉にこだわる分、逆に端的すぎてどこか言葉足らずの人だった。もうひと言
「ここで黙って見ていたいのですが、いいでしょうか」と言えば相手に伝わるのだが、
遠慮のあまりか、考えの深さなのか、何かポイントを欠くことが多かった。それが
ないために森さんは困ってしまったのだ。

 歌手としての成功とは裏腹に、彼女の人生は波乱に満ちていた。ファンの投げた
テープが目に当たり、失明の危機に陥ったり、周囲の反対を押し切り野球選手と
結婚したが子供を諦め、結果、離婚に。その際、実家に戻ろうとしたが、反対を
押しての結婚だったため実家に拒絶され、仕方なく戸籍を新しく作成した。

 その後、知人や恩人だけでなく他人の借金の保証人になり、三度、四度と総額で
十六億円にも及ぶ莫大な借金を抱えた。借金返済の半生になってしまったが、
島倉さんの言葉足らずさも騙される原因の一端になったのだと思う。

 1988年、五十歳で出したのが「人生いろいろ」。実はこの曲が用意されたとき、
島倉は言葉にこだわり「男もいろいろ」の歌詞を変更してほしいと頑なに粘った。
しかし、聞き入れられず、そのままの歌詞と曲で発売。結果的に若い世代にも受け
入れられた。山田邦子やコロッケもものマネをしたこともあって国民的アイドルに
近い存在となる。

 この後、制作側が用意してきた新曲が実は「珍島物語」。ところがこのときも、
歌詞が気に入らないからと歌うのをいやがり、結局天童よしみが歌ってヒット。

 来年のデビュー60周年のため、南こうせつに依頼した新曲「からたちの小径」
は亡くなる三日前に自宅でレコーディングを済ませていた。可憐に咲いた昭和の
歌姫は、借金と病魔に何度も打ちのめされながら、歌に命を賭けて夢中に癒やしを
振りまいていった。

 夕刊フジ2013年11月20日号(19日発行)第6面(毎週火曜日連載)
 −未校正です。すいません。−

南国育ちで17才 投稿者:パチ  投稿日:2013年11月20日(水)00時09分37秒
こんなのがあるんですね。

http://www.youtube.com/watch?v=0WzpP284w-k
テンポもアレンジもほぼ原曲かな。

「時代のサカイ目」第四十二回(13.11.12) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月13日(水)01時33分39秒
「時代のサカイ目」第四十二回(13.11.12)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百四十二回「美魔女より内面から光り始めた女優たち」

 女優・永作博美の透明度が際立っている。金融機関のCMで見せる「何やってるの?」
の表情は、相手に問いかけるようでいて、周囲の全てを自分に引き寄せる力を持つ。
愛らしい少女のようで、惑わせる大人の女性のようである。今、熟女世代が人工的に
美しくなり、美魔女ともてはやされる時代。コンテストも盛況だ。

 その所為さにどこか違和感を覚える人は多いのだが、四十三歳の永作は美魔女とは
対極で、積み重ねが表情と仕草の奥行きを作り上げている。女優である永作。妻で
あり母でもある永作。それらが混じり合い、キュートで小悪魔的な怖ささえも感じ
させる。それがとらえどころのない不思議な存在感となり、見る側は魅了され、
翻弄される。それでいて小動物的な愛玩具のような可愛らしさもある。

 公開中の主演映画「四十九日のレシピ」では、亡くなった母親が生前に遺した
「四十九日を盛大にやってほしい」という想いを実現させるべく前向きに奔走する
娘役を演じている。試写会で公私の大変さを前向きに乗り切るコツを聞かれて、
「目の前のことを精一杯やること。課題をどう乗り越えて行くのか、どう充実させて
終わらせるかを考えるとすぐ時間が経ちます」と答えた。

 向き合うひとつひとつに集中して真面目に取り組む覚悟が、彼女の美の原点とみる。
女性の美しさは、一瞬一瞬にどれだけエネルギーを傾けて来たかが作るものだと改めて
確信する。

 木村佳乃も女優として磨きがかかって来た。二十代はやや緩い恋愛ドラマのイメージ
だったが、最近の演技には凄みがある。結婚して夫(東山紀之)に触発されたことも
あるのだろう。また二児の母になり、私生活の充実が芝居への取り組み方を更に
エネルギッシュにしていることもあるようだ。

 こちらは三十七歳。聡明で冷静、冷徹なキャリア女性を演じさせると、同世代の
女優では群を抜いている。しなやかさを残しながらも、冷ややかに冗談を言う。
目が笑わずに口元だけで笑う演技には、ぞっとするような鋭さがある。一言一句に
含みを持たせ、日常に潜む痛々しさの表現もうまい。

 先日、日本一を成し遂げた楽天、田中将大投手の内助と言われる里田まいは二十九歳。
結婚後は妻業に専念、スタジアムで応援している様子を見ると、素の美しさが増している。
料理や英会話を習い、資格を取る。野球に限らず、スポーツ選手と結婚すると、健康管理は
妻の大事な仕事となる。ただ、表舞台で活躍していた女性にとって、裏方に徹するのは
なかなか心理的に厳しい。

 里田は妻というポジションをキャッチャー的に捉え、夫のサポートをしながら時には
コントロールもし、泣き笑いを共にしている。そこに大きな意義を見い出している。
美しさに形はないと誰もが思っていた。だから美魔女が生まれた。しかし時代の進化と
共に人の目もデジタル化してきたことで、人は内面も計る尺度を持ち始めたようだ。

 夕刊フジ2013年11月13日号(12日発行)第6面(毎週火曜日連載)

(無題) 投稿者:キャサリン  投稿日:2013年11月12日(火)19時07分42秒
お騒がせしました。

(「時代のサカイ目」第四十一回(13.11.5) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月12日(火)01時21分41秒
「時代のサカイ目」第四十一回(13.11.5)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百四十一回「岩谷時子さんの切ない思い」

 岩谷時子さんが言霊の国へ旅立った。初めてお目にかかったのは1964年の東京五輪の年。
かれこれ五十年近いお付き合いになる。日本コロムビアに入社したての若造だった私は、
プロデューサーに抜擢され、第一線で活躍中の島倉千代子を担当することになった。

 当時、作家はレコード会社の専属制。が、既存の西条八十先生を始めとする蒼々たる
大御所と仕事するのではなく、岩谷さんのような新しい世代の風を取り入れたかった。
連絡を取り、お目にかかると興味を持っていただいた。以降、様々なお話をする中で、
“伝える言葉”の大切さをこんこんと説いてくださったことが、その後のプロデューサー
生活の指針の一つになっている。

 立て続けに出先で岩谷さんと出くわし、どこにでも出る「お化け」の愛称でかわいがって
くださった。あるとき「で、私は何をすればいいの?」と聞かれ、島倉の新曲を依頼。
泣き節で売れている島倉の名前が挙がったことに驚いたようだった。そしてできたのが
『ほんきかしら』。私へのからかいまじりのタイトルだったが、これが大ヒット。
島倉は、泣き節からリズム路線へと転向することになる。

 そもそも宝塚歌劇団の機関誌の編集長だった岩谷さんは、タカラジェンヌの越路吹雪と
出会い、意気投合。越路が退団して上京するとき、岩谷さんも辞職して上京、マネージャー
を務めた。一心同体のマネージャー業だからと、マネジメント料一円も受け取っていない。
昼間は越路のマネージャー。夜11時になると自宅で作詞や訳詞などの仕事に取りかかり、
深夜3時に終わらせるという、徹底した規則正しさを貫いた。

 電話をするときは「11時以降にかけて来て」と言われていたのも、マネージャー業務と
自分の仕事と、きちんと分けていたからである。岩谷さんとはいつしか「あ・うん」の
ようなやりとりをさせていただくようになっていた。

 私がソニーに移り、郷ひろみを世に出すとき、岩谷さんに“男の子、女の子”という
テーマで書いてほしいと依頼。「あら、正気?」とテーマを面白がってくださり、
『男の子女の子』があがってきた。

 いつも気品のある穏やかな笑顔を絶やさなかった岩谷さんが、心底寂しそうな顔を
見せたのは、越路吹雪が亡くなったときだった。岩谷さんが越路さんを見舞った帰りに、
お目にかかったことがある。余命の時間が差し迫っているときに「一本だけ、飲む?」と
タバコを差し出した岩谷さん。「おいしい? と聞いたらニコッと笑ったから、よかった、
と思った瞬間、スゴく強い力でボコンと頭を叩かれたの。そして言われたの。全て知ってた
のね、って」

 越路さんが亡くなったとき、「越路は私の胎内に入りました」と言うのを聞いて、
プロデューサーとアーティストの一体感の大事さを改めて感じたものだ。数年来、
体調を崩されているというので、定宿にしているホテルにお見舞いがてら伺ったとき、
いとま際に「せつないね」と…。

 “伝える”ことが仕事で、“伝える”ことに心血を注いで来た岩谷さん、
伝えたいことは山ほどあったのだろうが、伝えられないもどかしさ、つらさ…。
五文字に込められた思いはまさに今、もっとせつない。

 夕刊フジ2013年11月6日号(5日発行)第8面(毎週火曜日連載)
 今回の写真は白黒

「時代のサカイ目」第百四十回(13.10.29) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月11日(月)01時43分0秒
「時代のサカイ目」第百四十回(13.10.29)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百四十回「好調“ごちそうさん”杏の素顔」

 女優、杏の成長ぶりに加速度がつき始めた。NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」で
主役を演じる。「あまちゃん」の後だけに大きなプレッシャーを感じていただろうが、
20%を超える視聴率で絶好調である。十五歳からモデルとして国内外で活躍し、
2006年、二十歳のときにニューズウィーク誌が選ぶ「世界が尊敬する日本人100」に
選ばれた。

 その後、女優として歩み始め、着実に経験を重ねて来ている。黒目がちな大きな瞳は
アイドルのようにくるくると動くわけではなく、むしろ一点を見つめて喋る。その様は
中原淳一の絵を彷彿させる。洋風でいて、どこかレトロ。それが視聴者に郷愁のような
懐かしさを呼び起こす。

 長く細い手足に、心の華奢な女性を思い浮かべるが、小学生の頃はリトルリーグに所属。
国内海外を問わず何日もかけて山を縦走するトレイル好きという骨太な女性でもある。
またこだわりも強い。好きな食べ物を聞かれると、薬味と答えるほど香味野菜が好みで、
中でもネギはご飯がわりに食べ、ネギの専門誌を愛読しているほど。

 いわゆる歴女で、特に戦国時代から幕末にかけて非常に詳しく、休みともなると寺社
仏閣巡りをしているようだ。そんな彼女は、決して順風満帆で円満な家庭で育ったわけ
ではない。女優として歩み始めたとき、渡辺謙の娘であることを伏せていた。自分の力で
切り拓きたいという気持ちのほかに、離婚後、苦労して育ててくれた母親への配慮も
あったのだろう。

 周囲の理不尽な諍いの間に入り、計り知れないほどの傷を背負って育って来ただろう
杏だが、波風のない家庭で成長した人にはない心のひだは女優としての大きな武器となる。
豊かな感性を持つ杏だが、加えて誰もが認める勉強熱心さがある。読書家で常に何冊か
持ち歩き、時間を見つけては読む。

 「ごちそうさん」の主演が決まったときも、食い倒れの町に嫁ぎ、大正、昭和の激動の
時代に料理で家族のきずなを強めるという役柄のために、料理の所作、包丁さばき、
当時の時代背景などを身につけるため、三十冊以上の本を読んだという。

 自身もエッセイを書く。著書『杏のふむふむ』の軽妙洒脱な文章から、ユーモアの
センスと率直で健やかな人柄が見て取れる。人と同じを良しとする風潮がある中で、
彼女は独自の歩みで進んで来たようだ。

 子供の頃、文字を書くのが好きで辞書の項目を書き写していた。自身の結婚式では、
「ワラビとワサビの花でできた、受け取った女性がそのまま鍋で煮て食べられるような
ブーケを作りたい」とも。

 また、ラジオのパーソナリティーとして見せる、話題の豊富さや頭の回転の速さも
大きな魅力である。その感性をどうアウトプットして、表現者・杏として生きていくか。
インフラの整備はかなり進んでいる。さて、どのアプリケーションを起動させるか、
シーンごとの選択センスの良さを期待したい。

 夕刊フジ2013年10月30日号(29日発行)第6面(毎週火曜日連載)

「時代のサカイ目」第百三十九回(13.10.22) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月11日(月)01時03分36秒
「時代のサカイ目」第百三十九回(13.10.22)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百三十七回「石原さとみと綾瀬はるかに見るアイドル病脱皮」

 楽天の田中将大投手がクライマックスシリーズで“炎のリリーフ”を務め、日本シリーズ
進出を決めた。振り返れば2006年夏。甲子園で球史に残る激闘を繰り広げた田中の
対戦相手は、日本ハムの斎藤佑樹。ふたりは、かたや男臭い高校生。かたやハンカチ王子と
して何かにつけて比較され続けた。

 以来七年、二人のポジションはあまりにも違いすぎる。野球の専門家は斎藤の慢心と環境の
差だというが、共に球界のアイドルとも言える存在、二人の差は周囲からのアイドル目線に
乗ったか乗らなかったにあるとみる。

 そういえば、斎藤が取材陣に向かってかけていたサングラスを、一瞬、ミラーにして
ヘアスタイルを直した。再びサングラスをかけたのを見て、ハンカチ王子というブームの
中で、アイドル病にかかりつつあると危惧したことを思い出す。

 アイドル病は芸能界にも蔓延している。ドコモのCMで失恋しても相手を思い続ける
大人の女性を演じている石原さとみ。デビュー当時からアイドル性の中にセクシーな顔を
覗かせていたが、演じる役柄のほとんどが「はしゃぐ女の子風」で、彼女の良さはあまり
伝わってこなかった。

 本人も周囲もアイドルとして振る舞い、強調すればするほど自然さが遠のいていく。
衣装もメークも、演じる立ち居振る舞いも仕草も、ともすればどたばたコメディーに
登場するような媚びる女の子になってしまうのだ。清純さとセクシーさのバランスが
整えば、魔性の女を演じられる女優に変貌するとみるのだが。

 対照的なのは石原より二年早くデビューした綾瀬はるか。大みそかのNHK紅白歌合戦で、
初の紅組司会者に選ばれた。デビュー直後はアイドルのような扱いも受けていたが、
女優として頭角を現してからはすっかり落ち着いた様子を見せる。

 どんなおきゃんな女の子を演じても、その落ち着きがプラスに作用してクスッと笑える
かわいらしさになり、天然系と言われるゆえんとなる。綾瀬が見せるアイドル性は、
その品の良さと心の強さで同世代や異性だけでなく広く茶の間にアピールしている。

 フィギュアスケート界にも対照的な二人がいる。安藤美姫と浅田真央。先日の大会で
優勝したものの、技術的には全盛期にほど遠かった安藤は、五輪の強化選手に選ばれようと、
必死にもがいているように見える。出産を公表することでアイドルの座を自ら降りたことの
ツケを、自分できちんと清算しようとしている姿が潔い。そこにはひとりの女性として
生きるという決意が感じられる。

 GP初戦で優勝を飾った浅田は次のソチ五輪で引退を表明している。まだまだ滑れると
周囲は驚くが、スケートだけに専心させてもらえない状況も含めて、疲れてしまった
のかもしれない。

 ちやほやされるアイドルがそこから脱却して伸び続けられるかどうかは、贔屓の引き倒し
を乗り越えられるかどうかにかかっている。魅力的な旬は待ち伏せてはくれない。アイドル性
という人気度を踏み台にして、年齢と共にどう伸びていくかを考えるべきである。まさに試練。
その試練を乗り越えてこそ、女神は微笑む。

 夕刊フジ2013年10月23日号(22日発行)第6面(毎週火曜日連載)

「時代のサカイ目」第百三十八回(13.10.15) 投稿者:トナカイ  投稿日:2013年11月11日(月)01時02分27秒
「時代のサカイ目」第百三十八回(13.10.15)

『時代のサカイ目〜音楽プロデューサー酒井政利〜』

 第百三十八回「あるか中森明菜復活!」

 中森明菜が魔物化しているようだ。2010年10月に体調不良による芸能活動の
休止を発表して以来、姿を見せない。追えども追えども掴めないからこそ、マスコミは
追い続けるのだが、相変わらず動向は見えて来ない。うっそうたる森で、茫漠とした
何かを探しているようなものである。光の射さない森では、姿が見えないとかえって
イメージばかりが異常なまでに膨らんでしまうものである。

 中森も、等身大の本人はさて置き、生きた伝説となって一人歩きし始めている。
良くも悪くも、風評もまたスーパースター運なのだ。“不可解”や“謎めく”という
不透明なベールに包まれていると、大衆は「どうして?」と答えを求めたくなる。
回答がなかったり、意にそぐわない返答しかなければ、人はその不可解について、
歪めたりねじ曲げたりしたくなるものだ。

 昭和の時代、希有な歌声を持ち一世を風靡した歌姫・藤圭子が亡くなったとき、
死者に鞭打つがごとくの見出しが並んだのも、その心理が働いたとみる。反論できない
死者の尊厳さえ傷つけかねない書き方は許されることだろうか。本人不在と言えば
もうひとり、ちあきなおみも生きた伝説で語られる。

 ちあきも中森も、完璧主義という点で似ている。ちあきが映画「象物語」のテーマ
「風の大地の子守り唄」をレコーディングしたときのこと。当時、「世界シリーズ」と
銘打ってエーゲ海、リオ、アフリカと三部作を作っていた中で、アフリカはちあきに
歌ってもらった。映画のサントラ盤に収録されたこの曲をシングルカットしようと
したとき、ちあきが拒んだのだ。

 「自分はアルバムの中の一曲としての歌い方をしている。シングルのための歌い方を
していない」、というのがその理由。ちあきは体重も体調も声も、全てのコンディション
をアルバム用の一曲に整えて、レコーディングに望んでいたのだ。そのこだわりは十分に
理解できたので、シングルは別の歌手が歌うことになった。

 そのこだわりで思い出すのが中森のパルコでのコンサート。オープニングはペーパー
スクリーンが降りたステージに中森のシルエットが浮かび上がる。次の瞬間、燃え始めた
スクリーンを破って中森が登場し、歌が始まる。

 三曲目くらいだっただろうか、突然歌うのを止め「ごめんなさい、歌詞を間違えました」
と中森。一瞬客席は静まり返り、何とも言えない空気感が支配する。そんな深閑とした中で、
中森も何事もなかったかのように最初から歌い直した。

 ふたりの、完璧を求める果てしないまでの闘いに挑む姿勢は、酷似している。だから
こそ、再び表舞台に立つまでの道のりは険しい。ストレス戦争を超え、自ら飛び込んだ
激流を泳ぎ切ったとき、表現者として更なる深みを身に付けているはずだ。エディット・
ピアフのように傷心的な声で痛切なバラードを歌い上げることができるのだろう。

 社会が混沌としている今こそ、アダルトな表現者が待たれる。中森もちあきも、決して
急がず、満を持して、人生の深淵を歌えるアダルトな歌手として戻ってくることを切望している。

 夕刊フジ2013年10月16日号(15日発行)第6面(毎週火曜日連載)

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